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マイレージトラベラー

マイレージ・クレジットカード・航空情報配信の陸マイラーのためのブログ

1999年にワンワールド結成記念で53万マイル獲得したキャンペーンがあったんです・マイレージ夜明け前の話

 

 

今日はほぼ自分への備忘録になりますがよろしければお付き合いを。

 

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マイレージ黎明期

私がマイルに興味を持ったのは海外に初めて旅行をした1996年ごろでした。

ただその頃は日系のマイレージは普通運賃に近い物しか加算されず一般の旅行者には縁遠いものでした。

ただ米系航空会社が格安航空券でも加算を始めて、徐々に一般の旅行者もマイル貯めることができる下地ができ始めていました。

まだインターネットすら一般に普及し始めた頃でしたので、今ほど情報も多くありませんでしたが、数少ない旅行サイトからワンワールド結成の記念に異なる5社に乗れば各社10万マイルがもらえるというキャンペーンがあることを知ったのは1999年でした。

 

ワンワールド結成キャンペーン40万マイルに挑戦

当時のワンワールドのオリジナルメンバーはアメリカン・ブリティッシュ・キャセイ・カナディアン・カンタス・イベリアの6社でした(イベリアは少し遅れてですが)

その各航空会社で異なる5社に乗れば各社10万マイルをボーナスというものです。ですので最高6社で60万マイルが獲得も可能というわけです。

エコノミーでどのクラスで乗れば各社加算対象になるのか、情報もなく挑戦したくても出来ませんし、5社に乗ろうと思えばアメリカにもヨーロッパにも行かねばなりませんので割りに合うものではないのかなと当初は思っていました。

しかし数少ない旅行サイトからの情報によると、ワンワールドエクスプローラーという世界一周運賃なら格安で挑戦可能ということを知りました。

しかもビジネスクラスの世界一周の運賃がソウル発なら20万円程度で行けるというではないですか。ビジネスクラスならどの運賃でも加算対象ですから心配不要です。

これならビジネスクラス20本乗れば10万×4で40万マイルがもらえるではないかと興奮し思いっきり取らぬ狸の皮算用を始めました。

まだインターネット自体も黎明期で情報も今より伝わるスピードが格段に遅く、ソウル発券でわざわざ日本人がビジネスクラスの世界一周の運賃を買う人はほとんどいなかったでしょうし、値段を知るすべもあまりなかったんですね。その後購入する日本人が増えたのか金額含めて改悪されましたが。

調べるネットはスピードの遅い電話回線で、しかも11時以降ならばネットし放題になるプランが主流でしたから、夜の11時以降に毎日せっせと情報を集め、ルートを考え、かなりの時間をかけました。

というのもワンワールドエクスプローラーのルール内で5社をまんべんなく4回ずつ使いながら世界を一周するルートを作るのはかなり難解な作業だったんです。

そしてついにすべてを決定してIACEトラベルに電話で発券を依頼しました。

なぜIACEトラベルだったか。当時IACEトラベルでは普通運賃は5%くらいの割引があったんです。

ソウル発の20万円程度の運賃も航空会社の普通運賃扱いで、当時は日本からでもソウル発券のワンワールドエクスプローラーを航空会社経由で購入することができたんです。 

それをIACEトラベルに発券代行をしてもらって割引までしてもらったというわけです。

ルートは今でも鮮明に覚えています。

ソウルー香港ー台湾ー大阪ーダラスーシカゴートロント―バンクーバーービクトリアーバンクーバーーサンフランシスコーラスベガスーシカゴーマドリードーロンドンーニースーロンドンードバイーロンドンーシンガポールーソウル

の計20本でした。

これをIACEトラベルの担当者のお姉さんに発券をお願いして、さらにマイレージの登録まで各区間4社に分けてしていただいて、本当に面倒な客だったと思いますが、快く引き受けてくれたことを今でも覚えています。あのお姉さんなしではこの旅行は成立しなかったんです。

まだ当時は燃油代もなく税金もそれほど高くなかったので、加算の代金もわずかだったと記憶しています。

今から思えば2週間で世界一周、しかも飛行機20本(大阪ーソウルもあわせると22本!)というかなりの強硬スケジュールでしたが若かったんですね。しんどいとはまったく感じませんでした。

むしろ初めての一人旅、初めての国々、初めてのビジネスクラスに心からわくわくしていました。

 今ほどお金に余裕があったわけではないので、食事にかけるお金も少なく、ホテルも高級なところに泊まれるわけでもなく、空港で一夜を明かしたこともありました。宿代節約のためにあえて深夜便も選びました。

それでもこれまでで一番印象に残っている旅行になったんです。

旅のきっかけはマイルでしたが、マイル以上に得たものが大きかったかもしれません。

そして40万マイル加算へ。のはずが50万マイルに

帰国後1ヶ月ほどでアメリカン・カンタス・キャセイ・カナディアンの4社に各10万のマイルボーナスとビジネスクラスの搭乗マイルなど合わせて42万マイルほどが加算されていました。目的達成です。

さらに当時ワンワールドが出来たばかりで、システムが不安定だったのか重複して加算されるラッキーもありました。空港のカウンターでマイレージ登録をしたブリティッシュまで重複加算されていて、さらにボーナスの合計とあわせて11万マイルまでいただけたんですね。合計53万マイルになりました。

当時の53万マイルはいまとは比べものにならないくらい使えたんです。

貯めてる人が少ないですから繁忙期でもいつでもビジネスクラスが予約できる状態でした。

今と違って燃油代も必要ないので、ほぼ無料でビジネスクラスで世界へ旅行を楽しんだものです。

それが最初に「マイルってすごいな。おれみたいな貧乏人でもビジネスクラスで世界へ旅行に行きまくれるんや」って思いマイルにはまった瞬間でした。

その後は社会人になり、クレジットカードメインのマイラーになりましたが、マイレージ黎明期ならではの、今ではありえないキャンペーンが1999年にあった記憶をふと思い出しました。